Jakarta EEは、なぜJakartaなのにApache財団ではなくEclipse財団管理なのか

Java EEOracleの元を離れてEclipse財団に寄贈されJakarta EEになりました。

このJakartaという名前は、Apache財団でのJava系プロジェクトを管理するプロジェクトの名前で、TomcatMavenなども最初はJakartaの下にありました。
略称がJEEになるような名前でJavaに親和性が高いということで最終候補に残り、もうひとつの候補であるEnterprise Profileに対して、65%の支持をえて決まったのだと思います。

であれば、Apache財団に寄贈しないのはなぜってなりますが、スポンサーみたらわかりますね。

Eclipse財団のトップレベルスポンサー。Javaでよく目にする企業が並んでます。
https://www.eclipse.org/membership/explore-membership/

Apache財団のトップレベルスポンサー。業務システムやってなさそう。

基幹系業務システムのJava標準を持っていくならEclipse財団ってなります。

じゃあなんで最初からEclipse財団のほうでJakartaやってなかったのかって話になりますね。
それは、Eclipse財団は名前のとおりEclipse IDEから始まっていて、Eclipse IDEIBMが主導していて、つまりIBMの組織だったわけです。

一方で、Apache財団にはSun Microsystemsがスポンサーしていました。
Java標準に近いのはApache財団ってことで、Tomcatも寄贈され、JavaオープンソースならApache Jakartaってなっていきます。

IBMは、JVMのJ9も含め「標準じゃないほうのJava」みたいになっていました。

2003年には、SunにもEclipseコンソーシアム(まだ財団ではない)に入ってもらおうとIBMからの独立へと動きます。
https://japan.cnet.com/article/20060766/:titile

で、2004年にEclipse財団として独立したものの、Sunは断っています。
Javaを巡るSunとIBMの争点「Eclipse」とは | 日経クロステック(xTECH)

ただ、2007年時点でも、IBMの依存度をさげるのに2-3年かかると言っていますね。
https://atmarkit.itmedia.co.jp/news/200703/09/eweek.html

その後、2009年にSun MicrosystemsOracleに買収されてあまりわだかまりもなくなり、またApache財団からはSun Microsystemsの支援がなくなることで放置プロジェクトはリタイアし、活発なプロジェクトはJakartaのサブプロジェクトからトップレベルプロジェクトになり、2011年にJakartaプロジェクト自体がリタイアしています。