ひどい記事のリンクを貼らないほうがいい3つの理由

よくありますよね。
「93%の人が間違える計算問題」みたいなタイトルで、開いてみたら

この計算問題解けますか?
27+83=?
簡単に見えるこの問題、なんと93%の人が間違えるのです!

みたいな。
ここで「バカにすんな!」みたいなコメントと一緒にTwitterに投稿しそうになりますが、ここでぐっとこらえるほうが良いという理由を3つあげてみます。

ひどい記事のリンクをガマンすればインターネッツから消えてくれる

ひどい記事、この世から、インターネッツから消えてほしかったりしますよね。
もう見たくない。
でも、「こんな記事載せるなや! http://example.com/easy_problem」みたいにリンク貼っちゃうと、その記事の生存どころか増殖に加担してしまいます。
コンテンツにとって、インターネッツ上に存在するというのは、リンクがどこかから貼られていることと等価です。そして、リンクが多ければ多いほど存在は増していきます。
つまり、ひどい記事のリンクをはるというのは、その記事の存在を増すほうに一票投じることになります。しかも、Googleさんからの評価もあげてしまいます。
その記事の高得票をみたほかのコンテンツやさんも似たような記事を出してきて、ひどい記事が増殖してしまいます。


リンクさえ貼られなければ、人の記憶にものこらず、Googleの評価もあがらず、ネットの藻屑へと消えていくでしょう。
もちろん、その記事の不人気をみたほかのコンテンツやさんは、同じような記事を書くことはないでしょう。

ひどい記事のリンクをがまんすれば心の平穏がたもてる

ひどい記事みたら、頭に血がのぼって、罵詈雑言とともにリンクを貼って晒さずにはいられなくなったりしますよね。そうすることでスッキリすると思ったりもします。
でも、実のところ、リンクを貼るというこちらからの能動的な関わりをもってしまうと、余計にあたまに残って、長い間気になってしまいます。
ひとことではおさまらず、批判の発言を重ねてしまいます。そして数学教育について語りだし、いつのまにか国の科学への取り組みや、研究機関の批判になり、論文における無断引用とは!みたいな話をしだしたところでかなりの時間を消費したことに気づいたりします。


リンクを貼らずにスルーして次に流れてきた記事に笑うころには、ひどい記事のことなんか忘れて平穏にすごせると思います。

ひどい記事のリンクをがまんすると好感度があがる

ひどい記事をみたら、正義とはなにか世にしらしめる勢いで糾弾のコメントを書き連ねてしまいそうになります。
そうすると、賛同のコメントがついたりして気持ちよくなったりします。
けれども、批判の文章というのは、実際のところ見ていてあまり気持ちのいいものではありません。そこに書いてある内容がどんなに正しくても、むしろ正しいからこそ、なにか居心地の悪いものを感じてしまいます。


批判とともにひどい記事のリンクを貼るよりも、肯定的な発言とともに楽しかったり役に立つ良い記事のリンクを貼るほうが、好感度があがると思います。


もちろん、心の平穏やまわりからの評価なんか気にせずに批判するべきものもあると思います。明日のなれば忘れられるような小ネタに対してじゃなく、そういったもっと大事なところで心の平穏やまわりからの評価を消費するほうがいいと思います。


もしひどい記事をみて罵詈雑言書き連ねたくなったときには、ちょっと落ち着いて「ツインテール」とかで画像検索して、このあたりのリンクとともに「ツインテールかわいい」などと投稿しておけば、ひどい記事に貼られるはずだったリンクひとつとそこから広がるはずだった多数のリンクが消え、心の平穏がたもたれ、インターネッツでの好感度もあがることでしょう。


この記事のリンクは自己判断で・・・(´・ω・`)