観光客のように数学や物理を勉強する

最近いろんなことを中途半端に勉強して思うのは、なんだか観光客のようだなぁということだ。
現実的な問題として、専門家=その土地の住民にはなれない。
勉強するにしても、その分野の雰囲気を味わうことができるくらいで、まさしく観光のようだ。
そしてその観光地でパシャパシャ写真をとって怒られているのが僕だ。


その観光地も分野によっていろいろと特色がある。


文学なんかは大都会。住民も観光客も入り乱れている。中には電車で通りかかっただけの人もいる。住民に見えても実は最近引っ越してきてたり。ふらふら立ち寄ったとしても、だれもぼくを気にしない。
古くからの住民はひっそり居をかまえていて、住む世界が違う。
哲学はインドのように、一度ハマると帰ってこない人もいると聞く。という偏見。


数学などは、観光客のちらかすゴミに辟易しているようで、ちょっとでも変なものを持ち込んだら、こっぴどく怒られる。
観光スポットも地味なもので、なかなかその良さがわからないけど、一旦その良さがわかったら、何度も足を運び、どんどん深いところに足を踏み入れ、どんどん怒られる。


その点、派手な観光スポットが多い物理は慣れたもので、観光ガイドもしっかりしてるし、観光コースも整備されて、多くの客をさばいている。みんなその観光コースに満足して帰っていく。
その裏にある要塞はうまく隠されていて、大切なところには観光客を近づかせない。
たまに、その要塞のほうから来ましたっていう詐欺のような人もいて、なじみの客ならだまされないんだけど、一見さんがよくだまされてて、それにはみんな困っているようだ。


ソフトウェアは割りあいのんびりして、観光客も古くからの住民も結構なかよく暮らしてる。僕はここの郊外の出身。
観光スポットよりも、おいしい食べ物が人気で、観光もせずに食べてばっかりの人もいる。
そんな中にところどころ専門家の集落があって、うっかり知らずに足を踏み入れるとえらいことになる。


まあ、そんな感じで、いろいろと観光するように勉強してきた。これからも同じように勉強する。